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ひとりぼっちの恐竜(sample)

 ドォーン、ドォーン――

 遠くで音が鳴っています。

 ドォーン、ドォーン――

 それはきっと、大地を揺るがすほど大きな音なのでしょう。しかし、あまりにはるか遠くで鳴っているので、ここにいては、かすかな地響きが心地よいくらいに感じられました。

 恐竜の女の子は、うとうとしながら、夢うつつにその音を聞いていました。夢の中で、彼女はそれを、いつかのお祭りの太鼓の音だと思いました。誰かに手を引かれて行った、懐かしい記憶でした。そしてまた同時に、どうしてお祭りの夢なんて見たのだろうと思いました。恐竜の女の子は、お祭りになんて行ったことがないのでした。

 ドォーン、ドォーン――

 さっきより音が近づいたような気がして、恐竜の女の子ははっきりと目を覚ましました。そこはだだっ広く乾いた土地で、真っ白で平たい岩の大地が、見渡すかぎり延々と続いていました。

 恐竜の女の子は、四本の太い足でしっかりと立ち上がりました。尻尾でバランスを取りながら、長い首をぐんと伸ばすと、地平の果てまで見渡すことができました。彼女の視線の届く範囲に動いているものは何もなく、ただただ、白く冷たい土地が広がるばかりです。

 彼女の大きな心臓は、ゆっくり、くっきりと脈打っていました。何か大事なものをどこかに置き忘れてきたような不安な気持ちと、これから何か新しいことが始まりそうなわくわくした気持ちが、心臓の中で混ざり合い、血液となって押し出され、体の隅々まで満たしていきます。

 どうやら、ずいぶん深く眠っていたらしい、と恐竜の女の子は思いました。置き忘れてきたものは、多分夢の中のものなのでしょう。だって、彼女には今、置き忘れるような持ち物は何もないのですから。

 恐竜の女の子は、しばらく夢の中のできごとについて思いを巡らせていました。思い出したいような、思い出したくないような、霧のかかった対岸にあって見えそうで見えないような、そんなそわそわした気持ちを持てあまして、彼女はぶるっと身震いしました。

 恐竜の女の子は、右の前足を一歩前へ踏み出しました。続いて、左の後ろ足を前へ。何トンもある重たい体は意外なほどあっさりと持ち上がり、彼女はもう一歩、二歩と前へ進みました。

 この四本足で立つ前の記憶があやふやでした。誰かと一緒にいた気もするのに、今はどっちを向いてもひとりぼっちなのでした。

 みんなどこへ行ってしまったのだろう。

 きっと、長く眠りすぎてしまったんだと、恐竜の女の子は思いました。そう言えば昔から、朝寝坊をしてよく叱られていた気がします。それとも、あれも夢の中のことだったかしら。

 ドォーン、ドォーン――

 地鳴りは、さらに大きくなったみたいでした。

 キラッと上空に何かが光り、恐竜の女の子は空を見上げました。それは、流れ星の大群でした。こうこうと燃えさかり、白く長い尾を引いて、ある方角に向かってビュンビュン飛んでいきます。大きな音は、その方角から聞こえてくるようでした。

「おーい」

 恐竜の女の子は、流れ星の群れに向かって呼びかけました。

「その先には何があるの?」

 流れ星たちは通りすがりざまにちらっと彼女を見下ろして、ぽつぽつと言葉を落としていきました。言葉は星くずになって彼女に降りそそぎました。

「迷子か」

「かわいそうに」

「この先には」

「何もないよ」

「あるとすれば」

「星たちの墓場さ」

 金平糖のような星くずは、恐竜の女の子の体にぶつかって、ころころと転がり落ちました。彼女は転がった星くずをなめてみましたが、それはすでに、ただの石のかけらになっていました。

「墓場とわかっているのに、どうしてそっちに飛んでいくの?」

 恐竜の女の子は尋ねました。

「なんにでも」

「終着点は必要」

「だからさ」

 次々に現れる星たちは、びゅんびゅんと飛んで、あっと言う間に見えなくなってしまいます。

「私も行けるかしら?」

 恐竜の女の子がつぶやいた時、頭にこん、と星くずが落ちてきました。

「あなたは、あなたの道を行けばいい」

 恐竜の女の子は空を見上げました。一際明るい星が、ちかちかと瞬きながら、彼女を見下ろしていました。

「あなたは誰?」

 しかし、明るい星は長い尾を引きながら行ってしまい、その問いに対する答えは返ってきませんでした。流れ星の群れはその星で最後だったらしく、地鳴りも止んで、辺りは静けさに包まれました。

 恐竜の女の子は、最後の星が零していった言葉の星くずを拾い上げました。不思議なことに、その言葉だけは石ころにならず、今も弱く、温かく光っているのでした。

 恐竜の女の子はその星を大事に飲みこんで、星たちの墓場とは反対側に歩いていきました。

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